【読書ルーム(111) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第4章  マンハッタン計画 (上) 〜 欧州の戦況と科学者諜報部員 3/3 】  作品の目次

この記事の内容全ての著作権はかわまりに帰属します。

 

【あらすじ】

科学者諜報部員としてのゴードスミットのアルソスでの初仕事は旧友でナチス・ドイツの協力者だと見做されていたコレージュ・ド・フランスフレデリック・ジョリオ=キューリーを尋問することだった。ゴードスミットは専門知識を駆使してジョリオがナチスドイツに提出したデータが全て撹乱を目的として捏造されたことを見て取り、ジョリオの汚名を晴らしたがナチスへの協力を拒んで絶命した科学者達を解放後のフランスの研究機関に戻す術はなかった。次にゴードスミットはドイツに渡り、ナチスの協力者だった老残の科学者の尋問を命じられた。

 

【本文】

一九四四年八月二十五日、パリが解放され、連合国側の非戦闘員がパリで安全に仕事に就けることになったその日、ゴードスミットは軍用機でアメリカを立った。三日後の八月二十八日、ナチスからの解放された喜びと興奮がまだ覚めやらぬパリ市内に到着したゴードスミットらアルソスの一行は、コレージュ・ド・フランスでの原子力開発状況の視察から諜報部員としての仕事を開始した。

 

パリが解放される以前から、アルソスの行動部隊はナチス原子爆弾製造に関わる重要人物としてフレデリック・ジョリオを探し求めていた。ジョリオは一時期、パリから姿を消していた。妻のイレーヌ・キューリーが子供と共にスイスに滞在していることがわかった時にはアルソスの行動部隊ははスイスに赴き、ブルターニュの別荘にジョリオがいると聞いた時にはわざわざフランス北西部のブルターニュ半島にまで赴いてジョリオの姿を探し求めた。しかし、ジョリオはパリ市内に潜んでいたのである。


ナチス・ドイツによってパリが占領されていた間、フレデリック・ジョリオはナチス・ドイツの協力者だとみなされていた。ゴードスミットはジョリオと面談し、研究状況とナチスへの協力内容について詳しい尋問を行った。その結果、ジョリオがナチス政府から派遣された科学者に提出していた実験の報告書は全て、ナチスの科学者を撹乱する目的で捏造されものであるということが判明した。また科学者ならば涙なしには語れない、ナチスのパリ入城直前にジョリオが指示した実験記録の焼却の話などを聞き、ゴードスミットはナチス・ドイツに協力したと噂されていたジョリオに対する疑いを晴らし、ナチス占領下のパリにあえて留まったジョリオに深く同情し、彼を許すことができた。


実験設備を捨てがたく、ナチスに対する偽の実験報告書の作成までしながらパリに残ったジョリオはフランスの科学者のうちではまだ幸せなほうだった。原子力開発が行われたコレージュ・ド・フランス以外でゴードスミットは専門を異にする者を含めたフランス人の科学者や技術者に数多く接し、ナチス・ドイツがフランスの科学者たちに及ぼした深い爪あとを知ることができた。ある科学者はナチスへの協力を潔しとせずに実験室を捨てて身を隠し、あるものは自分と家族の身を守るために不本意ながらナチス・ドイツに協力し、またある技術者などは自分が開発した技術をナチス・ドイツに渡すまいとして協力を拒み、ゲシュタポの拷問に遭って命を落とした。自然科学を自分の道に選び、国籍をオランダからアメリカに変えながらもユダヤ人としての矜持を保っていたゴードスミットは自分がまるで中世のユダヤ人ゲットーのラビ(ユダヤ教典の教師兼裁判官)になった心持であったであろう。アルソス・ミッションにおいては科学技術の記録が証拠であり、法典だった。

 

パリ近辺の科学施設等での仕事を終えた後、ゴードスミットらアルソスの科学者チームはヴィシーに中心を置いてアンリ・ペタンを頂点とする親ナチスのフランス政府の管轄下だった南フランスに足を伸ばすべきなのかどうかと考えたが、アルソスの上層部はアルソスの科学者チームはひとまず東漸を続ける連合軍に従い、治安が確保された後、間髪を入れずに各地で活動を行うべきだと判断した。

 

一九四五年二月、アルソスの諜報部員は連合軍に守られてライン河を越えた。三月末には一行はドイツ中部にある歴史ある大学街ハイデルベルグに平穏のうちに到着し、ゴードスミットは連合軍が捕えたドイツ人科学者ボーテとゲントナーを尋問して原子爆弾開発研究が行われている可能性のある施設の所在地を掴んだ。それらの施設のほとんどがヤルタ会談でフランスとソ連が責任を持つことになった地域にあったため、アルソスは目標を変更し、原子爆弾開発研究の拠点を破壊するのではなく、研究に携わっている科学者の身柄を拘束し、証拠物件を押収することにした。

 

ハイデルベルグではさらに、隠れ家に身を潜めていた老残の物理学者レナートがゴードスミットの元に連行されてきた。かつて、アインシュタイン相対性理論に悉く反対を唱え、アインシュタイン相対性理論によるノーベル賞受賞を八回まで阻んだ実験物理学者レナートは一九○五年のノーベル賞受賞の時を頂点として老いさらばえた二流の科学者、そしてナチスの思想の喧伝者と化していたが、ゴードスミットはドイツの原子力開発に関してレナードから得られるものはないと判断した。レナード博士の処遇について意見を求められたゴードスミットはただ「放っておきなさい。」とだけ応えたが、それは八十歳になろうとするレナートの老体を思いやったせいではなかった。レナートに関してはその学問上の業績だけではなくナチスに対する貢献も無視するのがレナートに与えることができる最も厳しい刑罰だとゴードスミットは考えたのである。

(読書ルーム(112)  連合軍のお尋ね者 に続く)

 

【お知らせ】

下の画像は作りかけの本作品電子版の表紙です。出版社はお任せ出版社のアマゾン(Amazon International Services)です。ということは今のところアマゾン専用の電子ブックリーダーのキンドルのみで講読が可能だということです。こちらはそれほど高額ではありませんが有料となります。キンドル版には次のような優れた点があります。

・ 縦書き表示であること

・ 文字の大きさを変えられ、また字体を変えたり太字にしたりできること

さらにキンドルは数百冊以上の書籍を入れることができ、重量は文庫本並みです。アマゾンはお任せ出版社なので内容や誤字脱字などには自分で責任を持たないといけませんが精一杯努力する所存です。

 

f:id:kawamari7:20220101131456j:image