【読書ルーム(105) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第4章  マンハッタン計画 (上) 〜 新たな段階とボーアの参加 5/8 】  作品の目次

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【本文】

オークリッジの視察の後、ニールス・ボーアと息子で物理学者のアーゲ・ボーアはワシントンDCとニューヨークを経由してコンプトン、フェルミ、シラード、フランク、シーボーグらが基礎研究を行っているシカゴ大学を訪れ、その後、シカゴから汽車でオッペンハイマー、ハンス・ベーテ、エドワード・テラーらが研究に従事しているニュー・メキシコ州ロス・アラモスに向かった。

 

ボーア親子の一連の旅にはシークレット・サービスだけではなく、秘密保持などの任に当たる軍事関係者も含めたプロジェクト全体の責任者であるレズリー・グローブスが付き添った。グローブスはボーア親子に列車の個室から決して出ないよう指示し、食事など、ボーア親子が望むもの全てを個室に運ばせた。

 

ボーア親子が退屈したり勝手に個室から出たりしないようにシークレット・サービスの一人が常にボーア親子の個室に留まったが、シークレット・サービスはすぐに音を上げてグローブスに役割を替わるように頼んだ。
「ボーアが何を言っているのかわからない発音が不明瞭な英語で延々と話しかけてくる。」とシークレット・サービスはグローブスに文句を言った。ボーアは生まれて初めて見る砂漠地帯の風景とアメリカで進行しつつある原子爆弾開発計画の両方に極度に興奮し、自分の考えをどうまとめたらいいのか苦慮していたのである。

 

著名な科学者が集まっているということを部外者に対して極力秘密にするためにマンハッタン計画に招聘された科学者たちは偽名を使い、旅行中など、必要とされた際に呈示する身分証明書にも偽名が記載されていた。コンプトンはコーマとコムストンという偽名が記載された二つの身分証明書を場所によって使い分け、エンリコ・フェルミがロス・アラモスやオークリッジに出張する際の偽名はユージン・ファーマー、ニールス・ボーアの偽名はニコラス・ベーカーといった。偽名に冠せられた敬称は当然のことながら、「プロフェッサー」でも「ドクター」でもなく「ミスター」だった。科学者たちは偽名が記載されて自分の顔写真が載った身分証明証を見せ合い、微笑みあった。誰かがボーアのことを「ニックおじさん」と呼び始めた。原子爆弾製造というプロジェクトの最終目的を知る上級の科学者や技術者の中には自分たちの仕事の道徳性について疑問を感じる者がいないわけではなかった。しかし、そのような疑問に陥った科学者がニールス・ボーアの大きな体躯や茫洋とした風貌に接すると、彼らの心中にわだかまっていた疑念は不思議と氷解した。

 

ニックおじさんはみんなにとってまるで教会の神父様、いや神父様の大ボス、ローマ法王みたいですね。」と言われ、ボーアはこう答えた。
「わたしがローマ法王ならアインシュタインはさしずめ神様だろうな。」

(読書ルーム(106) に続く)

 

【参考】

ハンス・ベーテ (ウィキペディア)

エドワード・テラー (ウィキペディア)

ジェームズ・フランク (ウィキペディア)

 

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