【『プロメテウス達よ』第４章 マンハッタン計画 (上) 〜 波濤を超えて 3/3 】 作品の目次
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【あらすじ】
世界初の原子炉稼働実験は僅かな補正を施された後に再開した。証人として参加したのは守秘義務に同意した限られた科学者たちで実験は計器類のみによって成否が確認される静かなものだったが参加者たちは原子炉稼働の大きな意味を理解し、静かに実験の成功を祝ってフェルミを祝福した。
【本文】
実験は午後三時半に再開された。中性子の照射が始まると午前中の実験と同様、炉の内部での中性子線の活動を示すガイガー計数管が発する機械音が漸次頻繁になり、助手がカドミウムの制御棒を取り去っている間、一度はまた反応を鈍らせたが、最後の制御棒が炉から離れた位置に配置されるやいなやその音はまたたくまに唸り声となり、実験用原子炉の中で中性子が激しく飛び交っていることを示していた。各種の指標を示す計器類の針も大きくふれていた。
「臨界状態です。」とフェルミが言った。
ウラニウム塊が埋め込まれた黒炭を積み上げた実験規模の高さ約三メートルの原子炉からは音もなく、素人目には何も進行していないようだったが、各種計器類が示す数値の意味を知る科学者たちにとってそれは新しい時代を開く奇蹟が現実のものとなったことを意味していた。永遠に長い時間が経過したように科学者たちには感じられたであろう。フェルミは黙って計器類を見つめ続けた。フェルミは自分の実験結果が限られた同僚の科学者たちにもたらす衝撃の大きさを知っていた。
反応が臨界状態に到達してから二十八分が経過し、フェルミは助手に向かって静かに言った。
「もういいよ。」
助手は実験用原子炉の中で核分裂を続けるウラニウム塊と炭素棒にカドミウムの制御棒を挿入し、実験は終了した。出席した全ての科学者たちが実験の意義を理解していた。積み上げられたウラニウムの塊がエネルギーを放出しながらの核分裂を二十八分間継続し、フェルミの掛け声によってそれが即座に停止したのであれば、ウラニウムは量が許容する限り核分裂を継続し、しかも必要なエネルギーが得られた後、あるいはエネルギー放出が過熱した時など、中性子を吸収するカドミウムを用いて随時核分裂を停止させたりその反応速度を調整したりすることができるのである。
この日の実験の成功を堅く信じていたウィグナーは上等のイタリア産ワインの壜を自分の書類かばんに忍ばせていた。アメリカの世界大戦への参戦の後、敵国イタリアからのワインの輸入が途絶えて久かった。ウィグナーは紙コップも持参していた。ウィグナーが紙コップにワインを注いでフェルミに差し出すとフェルミはウィグナーの信頼と気遣いに感謝して紙コップを掲げた。出席した科学者たちもフェルミを囲んでワインが注がれた紙コップを次々と掲げ、実験の成功を祝福した。乾杯の音頭を取る者はいなかった。それどころか、笑顔を浮かべる者さえいなかった。しかし、ワインの壜のラベルに出席者が次々と署名するという無言の儀式のうちに、全員が実験の意義と未来に対する希望を改めて胸に刻み込んだ。報道関係者には一切知らされなかった、人類史上の画期となるこの日のこの出来事は、ウィグナーが持ち込んだイタリア産ワインの壜のラベルに署名した証人たちによって後に証言されることになる。
感極まったコンプトンは実験場を出た後、ワシントンＤＣで結果の報告を待っているハーバード大学学長のコナントに電話をかけ、直裁な表現を避けて比喩を使った熱い言葉で事実を伝えた。
「イタリア人の水先案内人がやったよ。」
「本当か？新大陸に着いたのか？」
「ああ、みんな無事に到着した。」
実験の成功はフェルミの努力と天才の賜物であると同時に、科学者の総力を信じた政府関係者やグロー
ブスらを除いては考えられなかったとコンプトンは思ったli[10]。
原子力時代はこうして静かに幕を開けた。
【参考】
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