【読書ルーム(98) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第4章  マンハッタン計画 (上) 〜 波濤を超えて 1/3 】 作品目次

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【本文】

グローブスが工場用地のことなどで多忙を極めている間、フェルミと助手の科学者らは昼夜を徹し、二十四時間体制でシカゴ大学の屋内球戯場にウラニウムを埋め込んだ炭素棒を積み上げていた。当初照射される中性子だけではなく、ウラニウム235の核分裂の結果として強い勢いで照射される中性子が効率よく速度を落とし、別のウラニウム235の原子に当たるよう、炭素棒の積み上げ方には細心の計算と工夫が加えられていた。毎日仕事を終えた後のフェルミらは炭素の粉を頭から被って汚れ、シャワーで炭素の粉を落とした後も皮膚の汗腺に入った炭素の粉が科学者たちの衣服を汚した。

 

一九四二年も残り少なくなり、シカゴとその周辺の都市に厳しい寒さが訪れたある日、スタッグ・フィールドのスカッシュ競技場に三メートルの高さに積み上げられた炭素棒とその中に埋め込まれた総量六トンのウラニウムからなる完成間近の世界初の原子炉を見上げ、提督フェルミは実験の公開を宣言した。二ヶ月前の十月に研究結果を公表しないことを約束させられていたため、フェルミが自分の理論の正しさを同僚の科学者たちに示すためには、プロジェクトに関わって守秘義務規約に署名をした科学者だけを研究室に集めて実験の過程を公開するしかなかった。プロジェクトの要人に実験を公開する日は十二月二日と定められ、フェルミの助手は手分けをして招待する科学者に日時を知らせた。
「うまくいかなかったらどうするんですか?」と尋ねる助手にフェルミは平然として「理論の誤りを補正する。」と答えた。

 

実際、フェルミマンハッタン計画に莫大な予算が与えられて不純物がほとんどない炭素が手元に届けられるよりもずっと以前に、核分裂の連鎖反応継続の必要条件や天然ウラニウムの臨界量などを算出し、核分裂の連鎖反応を理論の上では成功させていたのである。しかし、マンハッタン計画守秘義務を承諾したフェルミは戦争中でなければ一躍脚光を浴びたに違いないこの理論を説明した論文を公に発表するわけにはいかず、ただローマで助手だったエミリオ・セグレなど、プロジェクトに参加している一部のごく親しい科学者を研究室に招いてその論文を読ませるだけに留まっていたl[9]。

 

一九四二年十二月二日、世界初の原子炉の試験運転が行われることになっている当日、シカゴは氷点下十二度の寒さに見舞われた。厳冬には氷点下二十度以下にまで気温が下がるシカゴでは氷点下十二度というのはまだ冬の入り口の寒さだったが、アメリカが前年の終わりに戦争に突入し、石油が配給制となった初めての本格的な冬が訪れていた。街を走る車の数が心なしか少ないと感じながらコンプトンは前月にワシントンに赴いた際の、国防研究会の下に年初から設けられて活動を行っている原子力委員会での報告の模様を思い出さないわけにはいかなかった。

 

十二月二日に世界初の原子炉の試験運転をシカゴ大学の構内で実行するとコンプトンが発表した途端、ハーバード大学学長で原子力開発委員長のコナントとプロジェクトを総括者であるレズリー・グローブス准将は顔面蒼白になった。二人の憂慮はとりもなおさず、二人が二人とも、目下進行中の原子力開発の目的がナチス・ドイツを出し抜くための大量破壊兵器の開発であるという認識に立っているからなのである。しかし、人類に新たなエネルギー源を提供するための原子炉を念頭に置きつつその稼動実験を指揮しているフェルミは、少なくとも傍目には淡々として準備を進めていた。フェルミのチームは現実には不純物のない炭素の欠如という物質的な条件に遭遇していたものの、フェルミの頭の中では核分裂の連鎖反応はとうの昔に成功し、プロジェクトから与えられた純粋な黒炭などがそれを現実のものとするばかりだったのである。

(読書ルーム(99) に続く)

 

【参考】

エミリオ・セグレ (ウィキペディア)

 

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