【読書ルーム(94) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第4章  マンハッタン計画 (上) 〜軍の関与と計画の拡大 2/5 】 作品目次

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【あらすじ】

グローブス准将はプロジェクトの進捗状況視察の最後の場所となったアメリカ西海岸サンフランシスコ郊外のカリフォルニア大学バークレー校でもウラニウム235の天然ウラニウムからの分離に携わる物理学者のローレンスとウラニウムに代わる可能性がある腎臓元素のプルトニウムの生成に既に成功したという化学者のシーボーグに落胆させられた。しかし東海岸から西海岸に至る学府の研究成果の全てが教育・研究機関としての予算の制約を受けていた。グローブス准将は上層部に働きかけて予算の制約を取り払うとともにマンハッタン計画に携わる全ての科学者に研究過程や成果についての自由な情報交換を制限して情報をプロジェクト内のみに留めるよう誓約させることにした。一方、プロジェクトに必要なウラニウムアメリカ国内では産出されず、友邦カナダで産出される含有量の低い鉱石に頼らざるを得ないと思われていたが、ベルギー人実業家サンギエの大博打によってニューヨーク市スタッテン区に多量の高純度ウラン鉱が運び込まれていたという知らせがレズリー准将ののもとに寄せられる。

 

【本文】

シカゴ大学での研究成果を視察した後、グローブスはサンフランシスコ行きの汽車に乗ってカリフォルニア州立大学バークレー校に赴いた。自家用車でサンフランシスコの駅にグローブスを迎えにきていたローレンスに出会い、写真でしか知らなかったローレンスの人と成りにグローブスは今までに出会ったプロジェクト関連の科学者たちの中で最も良い印象を得た。

 

最新鋭の百八十六インチのサイクロトロンの設置場所に案内されたグローブスは、周辺機器を合わせるとさしわたしが五メーター近い大きさになるサイクロトロンを目のあたりにして電磁場による天然ウラニウムからのウラニウム235の分離について、ローレンスから説明を受けながら、ウラニウム235がすでに多量に分離されてどこかの実験設備内で山積みになっている様を思い浮かべた。

 

で、今までに何キロくらいのウラニウム235が生成できたのですか?」と尋ねたグローブスにローレンスはこう答えた。
「今までに説明したとおり、ウラニウム235を分離するためにはまず、装置内部を真空状態にする必要があります。そのためには装置を十四時間から二十四時間という長時間にわたって稼動させなければなりません。実は、今まで十五分以上装置を稼動させたことはないんですxlv[4] 。」

 

東海岸コロンビア大学のユーリーから西海岸カリフォルニア州立大学バークレー校のローレンスにいたるまで、科学者たちが報告した研究結果のすべてにグローブスは落胆させられ、プロジェクトに携わる全ての科学者たちがこのような状況ではプロジェクトは一体完遂するのだろうかと危ぶんだ。グローブスはヴァネヴァー・ブッシュらの国防研究会から、基礎研究の結果は原子爆弾の開発が十分可能だと示唆し、プロジェクトはすでに技術面での開発に注力しなければならない段階に達し、建設事業経験者の軍人を新たにプロジェクトの頂点に据える必要性が生じたと聞かされていたが、視察を終えたグローブスには自分が今まで携わってきた軍事関係の施設の建設とは異なり、原子力開発は科学者にしかわからない机上の世界でしか進展していないように思われた。それでも、国防研究委員会が成功の可能性があると判断した原子力開発プロジェクトの責任を軍事省長官のスティムソンによって任された以上、グローブスは逃げるわけにはいかなかった。グローブスの就任する直前にすでにコンプトンやローレンスら、科学者らの代表はバークレーに集まって原子力開発を一層進めるための条件について話し合い、要求をまとめてグローブスに呈示していた。

 

「炭素中の不純物が中性子を吸収するので核分裂の連鎖反応が進まないというのなら、不純物がもっと少ない炭素をフェルミのチームに与えてみようじゃないか。顕微鏡で見なければいけないほどの微小量のプルトニウムしか今までに生成できなかったが、生成する設備の規模を大きくしてプルトニウムを目に見えるほど生成させればいいじゃないか。ウラニウム235を分離するためにはサイクロトロンを長時間稼動させなければならないのに大学の限られた予算のせいで今までそれができなかったのなら、電力が豊富な場所でサイクロトロンを長時間稼動させてみようじゃないか。予算で解決できる問題は全て無いのも同然だ。」とグローブスは前向きに考えることにした。

 

軍事省の各種の建物や施設の建設を指揮しながらグローブスは一ヶ月に六億ドルの支出を自分の一存で承認したこともあり、一度などは軍事関連の歳出には概して甘い連邦議会が支出内容を問いただすためにグローブスを議会に召喚し、支出の妥当性について説明を求めたことさえあった。しかし、今回は科学者たちの要求どおりに予算を支出して議会の追及を受けたとしてもそれに答えるのは科学者たちだった。


グローブスはノーベル賞受賞者とはいえ敵性外国人のフェルミ、そしてフェルミと常に行動を共にする気難しそうなハンガリー出身のシラードが気に入らなかった。しかしシカゴ大学で研究開発を総括しているコンプトンが信頼して連れてきた以上、彼らを信頼しないわけにはいかなかった。そこでグローブスは研究に必要な物資を全て、ふんだんに与える約束をした上でシカゴ大学の研究チーム全員に戦争が終わるまでは原子力開発に関わる一切の発見や発明に関して論文を発表してはならないことと特許を申請してはならないことを確約させて確約書に署名をさせることにした。フェルミは気安くこれに応じたが、正規の大学教授の職が得られずに特許からの収入を生活の糧としてきたシラードは署名をしぶった。しかしコンプトンやフェルミらのとりなしによって、シラードは規約を守ることを承諾し、フェルミのチームの中での物資調達係の役割を与えられたシラードは九月の終わりにプロジェクトに充てられた潤沢な資金を使ってフェルミの実験用原子炉建設のための物資の調達を開始した。


シラードはまず、ユニオン・カーバイト社に電話し、産業用に通常出荷されるものよりもはるかに純度の高い黒炭を注文した。さらに、コンプトンに依頼してまず手始めにウラニウム3トンを手に入れることにした。調達元はウェスティングハウス社だったが、コンプトンは注文を受けて仰天したウェスティングハウス社の反応をシラードに伝えた。
「それだけの分量のウラニウムを精製するのには一体何トンのウラン鉱が必要なのか、それをどうやって調達すればよいのか?」

 

世界に存在する主要なウラニウム鉱山のうち最良のウラン鉱を産出するベルギー領コンゴはすでに敵国ドイツの手に落ち、コンゴ産のものよりもウラニウム含有量が低いウラン鉱をアメリカは地続きの友好国とはいえ外国であるカナダから輸入することが唯一のウラニウムの調達手段であると考えられていた。しかし、状況の打開を願うコンプトンとグローブの元にはまもなく、一九四○年にニューヨーク在住のベルギー人実業家サンギエがウラニウムに投資した際、商談を持ち掛けられた軍の財政担当者からの知らせが入った。グローブスは仰天した。


「酸化ウラニウムの含有量七十パーセントのコンゴ産ウラン鉱千二百五十トンがニューヨークのマンハッタンから目と鼻の先のスタッテン島に眠っているだとxlvi[5] !」
こうして頭脳、資金、物資の三点について、マンハッタン計画は順風満帆の体で開始し、後は各研究者の成果を待つばかりとなった。

(読書ルーム(95) に続く)

 

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