【読書ルーム(93) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第4章  マンハッタン計画 (上) 〜 軍の関与と計画の拡大 1/5 】 作品目次

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【あらすじ】

マンハッタン計画が拡大し、中心拠点も定まって軍事的性格が一層明確になってきたためアメリ軍需省は計画の頂点に科学技術に明るい軍人のレズリー・グローブス准将を任命した。グローブスはシカゴ大学だけではなく未だ全米各地で原子力開発に携わっていた科学者を東海岸から順に訪ねて進捗状況を把握しようとしたが、旅程半ばまでにその結果に失望させられた。一方で、天然ウラニウムを多量に含む鉱石はアメリカ国内では採掘されず、友邦カナダで産出される純度の低い鉱石に頼らざるを得ないと思われていたが、レズリー准将のもとにベルギー人実業家の大博打によって高純度の鉱石がニューヨーク市スタッテン島に運ばれているという知らせが届いた。

 

【本文】

次いで九月十七日、軍事省長官のスティムソンは陸軍の技術畑で経験を積み、軍事省の建物であるいわゆるペンタゴンの建設を任されていたレズリー・グローブス准将を責任者としてマンハッタン計画に移すことにした。ウエストポイント陸軍士官学校出身のグローブス准将は第一次世界大戦でも目立った軍功を立てたわけではなかったが、軍事関連の施設建設などの功績があり、大学や研究機関に派遣されて建築などを学んだこともあったので、一線級の科学者たちをまとめあげるだけの知的背景があると考えられたことが採用の理由だった。


任命を受けてから一週間の後、グローブスは遠心力を利用してウラニウム235の分離を試みているウェスティングハウス社の研究所とコロンビア大学でガス化によるウラニウム235の分離を試みているハロルド・ユーリーを訪ねた。グローブスは建築を学ぶために大学や大学付属の研究所に通ったことはあったが、理論物理学者や放射線化学者に接するのは初めてだった。ウェスティングハウス社の研究員たちとハロルド・ユーリーは共に自分たちが信じる方法でのウラニウム235の分離の可能性を熱っぽく語ったが、実際原子爆弾の燃料となるほどのウラニウム235がすでに分離されていたわけではなかった。

 

次にグローブスはシカゴ大学を訪れ、原子力開発計画の状況について視察した。一九四二年の三月には四十五人の研究者しか擁していなかったシカゴ大学金属研究所では、同年の六月には千二百五十人の研究者が働くようになっていたxliv[3]。


中性子線照射の専門家でノーベル賞の受賞者であるという、イタリア国籍の小男エンリコ・フェルミは元より浅黒い顔をしている上に夏の間、実験の合間に戸外でテニスをしたり、ミシガン湖で泳いだせいで真っ黒に日焼けしていた。その上、黒炭とウラニウム塊を用いた実験を連日繰り返すせいで授業がない日などはまさに炭鉱夫のような風体だった。そのフェルミは炭素によって速度を減じられた中性子が炭素中の不純物に吸収されてしまうことによって核分裂が収束してしまうので核分裂が継続しないと語った。放射線化学者のシーボーグはガイガー計数管などを使って人工元素プルトニウムが確乎として存在していることを説明したが、生成されたプルトニウムは顕微鏡で見なければならないほど少量で、シーボーグはその極小量からプルトニウムの化学的性質を特定できたことを誇らしげに語った。ウラニウム核分裂プルトニウム生成を同時に実現することを目指してプリンストン大学からやってきたウィグナーは核分裂に取り組んでいるフェルミプルトニウムの生成に成功したシーボーグの両方のチームと同じ大学内で研究をすることになり、原子力開発の中心がシカゴ大学に定められたことで最も大きな恩恵を受けたが、ウィグナーの研究がフェルミとシーボーグの進捗度を越えて進むはずはなかった。

 

グローブスはシカゴ大学の雰囲気が好きになれなかった。原子力関連の研究が行われている研究棟には兵士が配置され、出入りする人間を厳しく監視し、身分証明書の呈示なしでは出入りができないようになっているとは言え、中で働く科学者たちは昼休みには自由に研究棟から出て学内のカフェや大学近辺のレストランで食事をしていた。「研究熱心な科学者たちがレストランやカフェで研究成果について語りだしたら、機密保持の監視の眼が行き届かない場所で機密が筒抜けだ。」とグローブスは大学特有の開放的な雰囲気と軍事関連の各種の施設内部の差を比較し、シカゴ大学は畢竟、基礎研究の場であってプロジェクトの最終生産物を作り出す場所ではありえないと思った。


グローブスがシカゴ大学やそこで研究に励んでいる科学者たちに対して違和感を覚えたように、原子力開発のために全米からシカゴ大学に集められた科学者たちも軍人によって自分たちの研究が管理されるのを快く思ってはいなかった。グローブスを前にして研究成果の発表が行われた際、一人の科学者は黒板にわざとまちがった数学記号を書いた。グローブスはウエストポイント陸軍士官学校出身の軍人であるとはいえ、軍隊の技術や建設部門の責任者となるために大学の工学部の授業への出席も度重なり、数学も大学学部程度ならば容易に理解することができたので、発表中の科学者が誤った数学記号を書いたことがわかったが、あたりを見回したグローブスには、発表の場に出席している他の科学者たちのいたずらっぽい微笑をたたえた表情がひっかかった。自分の知識が試されていると感じたグローブスは即座に手を上げて発表中の科学者に数学記号について聞きただし、その後も折に触れては内容をよりよく理解するために発表者に対して積極的に質問をした。学問の世界で暮らしているわけではないグローブスはこのようにして、学問の世界に接近する姿勢を示して科学者たちとの間の壁を取り除こうと努力した。

(読書ルーム(94) に続く)

 

【参考】

ヘンリー・スティムソン (ウィキペディア

レズリー・グローヴス (ウィキペディア)  ページトップの写真で左に写っている人物。右はオッペンハイマー

 

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