【読書ルーム(84) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め〜最前線からの使者 5/6 】  作品目次

この記事の内容全ての著作権はかわまりに帰属します。

 

【本文】

アメリカ国内では「友好国イギリスとフランスを見捨てるのか?」という主戦論と「ヨーロッパ大陸のことはヨーロッパ大陸の人間に任せよう。」という非戦論がせめぎあっていた。この中で大統領ルーズベルトはイギリスへの武器の無償貸し出しなど、イギリスに加担する姿勢だけは見せながら、兵力を派遣するには至らず、あくまでも慎重な姿勢を崩さなかった。原子力開発の可能性に関してローレンスはコンプトンから度々質問を受けたが、コンプトン委員会の目標は核エネルギーの開発と利用可能性を明らかにすることだとコンプトンは説明し、コンプトン委員会が原子力の平和利用を期待しているのか、あるいは大量破壊兵器の開発を期待しているのかは明確ではなかった。しかし、イギリスにとって、原子爆弾の開発が急を要する課題だった。また、同胞のユダヤ人が人権を蹂躙され、強制収容所に連行されていくという知らせを聞くにつけ、フリッシュやパイアールズなど、辛くもイギリスに亡命することができたユダヤ人科学者たちは一刻でも早くドイツからナチス政府を根絶し、一人でも多くの同胞の命を助けたいと考えていたのである。

 

ローレンスとオリファントの会話は原子爆弾に必要とされるウラニウムの量からドイツによる原子力の開発状況にも及んだ。一九三九年にドイツの学会誌にウラニウム中性子照射の結果をまとめた画期的な論文を発表して以来、カイザー・ウィルヘルム研究所のオットー・ハーンは後続の論文を発表していなかった。「これは一体、何を意味しているのか・・・。」と二人はハーンらドイツの科学者らの沈黙が持つ意味を考えないわけにはいかなかった。カイザー・ウィルヘルム研究所の元所長デバイが優秀な物理学者が同研究所に集められていると証言し、またデバイの後任の研究所所長はドイツに対する愛国心で名高い、三十二歳の若さでノーベル賞を受賞したハイゼンベルク、そしてその片腕は政治家一族の変り種で物理学者になったフォン・ワイゼッカーだった。次いで、話題はナチス・ドイツに占領されたヨーロッパの国々に留まる科学者のことに及んだ。原子爆弾開発に功績を上げそうな優秀な科学者で占領国に留まっている者の中には、デンマークのニ-ルス・ボーア、そしてフランスのフレデリック・ジョリオとイレーヌ・キューリーの夫妻などがいた。ジョリオ=キューリーのフランスのチームはフランス国民の意思に反したフランス政府のナチスへの協力の下、研究活動を麻痺させられていると思われた。一方、ナチス・ドイツの占領下のデンマークにいるボーアはユダヤ人を母としていたが、イギリス諜報部の再三の勧告にもかかわらず、自らの研究所をナチスから守るために頑としてデンマークを去ろうとはしないのだと伝えられていた。

 

ユダヤ系のボーアは間違ってもドイツの原子爆弾開発計画に引き入れられることはないだろうが、もしボーアがデンマークを去る意思をおおっぴらにしたら・・・。」

ローレンスとオリファントのみならずボーアを尊敬する全ての科学者たちはこのことを考えるたびにぞっとして身の毛がよだつ思いをしたに違いない。

 

シカゴ大学の設立百五十周年の記念式典が迫り、このアメリカ中西部の最高学府の記念すべき日にアメリカ東部の最高学府であるハーバード大学の学長で物理学者でもあるコナントが招待されているとローレンスは聞いていた。そこでオリファントが帰国した後、ローレンスはオリファントが語ったイギリスでの原子爆弾開発計画の状況や自分が開発したサイクロトロンウラニウム235の分離に役立つ可能性などをコンプトンとコナントの二人に語って二人の意見を仰ぐためにシカゴに赴いた。コンプトンは自宅にコナントとローレンスを招き、三人は原子力開発研究の進捗状況などに関して新たに判明したことなどに関して意見を交換したが、話題は自然とヨーロッパの戦局、オリファントが間接・直接に知ってローレンスに語った大陸の科学者らの近況、そしてドイツでの原子力開発の状況に及んだ。

(読書ルーム(85) に続く)

 

【お知らせ】

下の画像は作りかけの本作品電子版の表紙です。出版社はお任せ出版社のアマゾン(Amazon International Services)です。ということは今のところアマゾン専用の電子ブックリーダーのキンドルのみで講読が可能だということです。こちらはそれほど高額ではありませんが有料となります。キンドル版には次のような優れた点があります。

・ 縦書き表示であること

・ 文字の大きさを変えられ、また字体を変えたり太字にしたりできること

さらにキンドルは数百冊以上の書籍を入れることができ、重量は文庫本並みです。アマゾンはお任せ出版社なので内容や誤字脱字などには自分で責任を持たないといけませんが精一杯努力する所存です。(予想価格:700円 要キンドル)

 

f:id:kawamari7:20211231235315j:image