【読書ルーム(83) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め〜最前線からの使者 4/6 】  作品目次

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【本文】

一九四一年の夏が終わり、ヨーロッパでは依然としてナチス・ドイツの軍隊が快進撃を続けていた。最大の友好国だったフランスが降伏したことによってただ一国、ドイツを相手取って戦っていたイギリスはナチス・ドイツによる連日の空襲に曝され、青息吐息の状態にあった。首都ロンドンにおいてだけでもイースト・エンドを中心とする集中的な空襲によって数十万人の一般市民が死傷し、国会議事堂、大英博物館、バッキンガム宮殿までもがその一部を破壊された。その頃、カリフォルニア州バークレーの大学で後進を指導しながら依前としてサイクロトロンの改良と応用分野の拡大を課題としていたローレンスは突如としてオーストリアからイギリスに亡命し、イギリス原子力開発計画で相当な責任を負かされているらしい物理学者のオリファントの訪問を受けることになった。

 

サンフランシスコの駅に到着することになっているオリファントを自家用車で迎えに行ったローレンスはバークレーへの道中、イギリスの困窮やナチス空爆による恐るべき被害について、新聞で知る以上の内容を聞かされた。イギリスの産業や都市機能を破壊するためならばナチス・ドイツは非戦闘員の犠牲を全くいとわないということをオリファントはイギリスでも身をもって体験していた。

 

大学に到着した後、ローレンスはオリファントがイギリスの科学者を代表して自分を訪問したさらに具体的な理由について理解し、納得することができた。発電や潜水艦などへの原子力の平和利用を遠い可能性として考えているアメリカとは異なり、イギリスにおける原子力開発の目的ははっきりと原子爆弾の開発だった。いつ自分の頭上でナチス・ドイツのブリッツ(雷)が炸裂し、命を奪われるかもしれない恐怖の中で、同国人と共に生き延びる見通しを与える唯一の希望は敵国ドイツの国家としての機能を麻痺させることであり、原子爆弾はそのための最も有効な手段だった。オリファントがなぜ、ヨーロッパからの船の到着地であるニューヨークで研究を行い、中性子照射の世界的権威であるフェルミではなく、アメリカを大陸をはるばる汽車で横断して自分を訪ねたのかについてもローレンスは理解した。オリファントら、イギリスの科学者には中性子照射の技術と平和利用される原子力エネルギーの開発技術を学ぶ以上に重要な課題があった。それは原子爆弾を製造するためのウラニウム235の分離だった。オリファントは「極秘事項なのですが・・・。」と声を潜めて、イギリスに亡命してきたリーゼ・マイトナーの甥オットー・フリッシュと、同じくユダヤ系ドイツ人でイギリスに逃れてきたパイアールズが一旦核分裂が起きれば、放出される中性子の数は幾何級数的に増えるので、原子爆弾の製造にはウラニウム235がほんの数十キロあれば足りるということを理論的に証明した、と言った。ドイツ・イタリアと交戦中のイギリスの代表として、オリファントは敵国出身の非ユダヤ系の科学者をひとまずは避けなければならなかった。また、妻がユダヤ人なのでファシストのイタリアやナチス・ドイツに対して反感をもっていることはまちがいないものの、いまだアメリカ国籍を取得しておらず敵国イタリアの国籍を保持しているフェルミオリファントがあてにすることは他のイギリス人を心情的に裏切ることになるということもローレンスは理解した。オリファントの来訪の最大の目的は、ローレンスが開発したサイクロトロンウラニウム235の分離に応用するための研究を依頼することだった。

(読書ルーム(84) に続く)  https://kawamari7.hatenadiary.com/entry/2021/08/25/183929

 

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