【読書ルーム(80) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第3章  プロメテウスの目覚め〜最前線からの使者 1/6 】  作品目次

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【あらすじ】

卓越した物理学者ではあるが自身では原子物理学を研究しているわけではないシカゴ大学のアーサー・コンプトンが原子物理学の最新の研究成果を選び予算配分に資する為に国防研究委員会に加わる。コンプトンはドイツ人のハイゼンベルクとも親交がありl宗教的な平和への理念を抱いた人物だった。

 

【本文】

一九四一年の始め、ヴァネヴァー・ブッシュを委員長とする国防研究委員会は合計三十万ドルの補助金が交付されてますます盛んになった原子力関連の研究成果を目の前にしてかえって途方にくれた。補助金が交付された研究機関だけでも複数の科学者がこの課題に取り組み、多数の論文を発表し、補助金の交付を逃した研究機関でもあわよくば名前をなして補助金を獲得しようという野心に燃えた科学者が盛んに研究を行い、論文を発表していた。国防研究委員会は原子力開発に関して何に実現可能性があり何が単なる思い付きや根拠のない仮説なのか、整理する必要に迫られた。そこで、議論の末、原子力開発関連の研究に従事してはいないが、内容をよく理解することができ、しかも、ある程度の権威を備えて数多い科学者たちに進路を指導することができるような科学者に研究内容を整理させることに意見が一致した。この任を与えられたのはシカゴ大学のアーサー・コンプトンだった。

 

コンプトンは電波の性質を研究して発見したいわゆるコンプトン効果によって一九二七年にノーベル物理学賞を受賞していたが、その後、原子力の世界とは直接には関係のない宇宙線の研究に携わっていた。コンプトンはまた、厳格なメノー派プロテスタントの家系に神学者を父として生まれ、科学者として大成した後も基本的にはメノー派キリスト教徒としての教え、すなわち非戦、公職の回避などを頑なに守っていることで知られていた。

 

一九三八年の暮れにドイツのハーンとシュトラスマンが確認し、マイトナーとフリッシュが理論的に説明した核分裂について、コンプトンは世界でも有数の物理学者としては非常に遅く、一九三九年の四月に初めて知らされた。ノーベル賞受賞後の研究テーマが宇宙線だったコンプトンは優れた観測設備を備えた天文台、そして空気が澄んだ高所を求めて、ヒマラヤ、アンデス、アルプスなど世界各地の高山を転々としていたが、核分裂の確認の知らせに接したのも、旅行中のテキサスの天文台でのことだった。以後、宇宙線の研究を継続しながら、コンプトンはこの発見の意味について考え、国防研究委員会がコンプトンに調査を要請した時には「核分裂の発見が脅威的な兵器の製造につながるとしても科学者はその可能性を絶対に追求しなければならない。それが科学の使命であり運命なのだ。」と考えていた。宇宙線の観測場所を求めて旅を続ける間、核分裂がもたらすものと科学の使命について瞑想するコンプトンにも、九月一日のナチスによるポーランド侵攻やそれに続く進軍の様は刻々伝わってきた。

 

一九四○年になり、ナチス・ドイツデンマーク、オランダ、ベルギーなどを次々に占領し、デンマークニールス・ボーアやフランスのジョリオ=キューリー夫妻、とりわけ重水を使った核分裂の研究でそれまでにかなりの成果を挙げていたジョリオ=キューリー夫妻は、ナチスに対して不服従を保つ良心があるならば、研究活動を麻痺させられているのに違いなかった。世界で唯一の重水工場があるノルウェーも間もなくナチス・ドイツの手に落ちた。

 

コンプトンにとって何よりも大きな懸念となったのは、夏にシカゴで開催された宇宙線学会で顔を合わせたハイゼンベルクアメリカの複数の大学から教授のポストに招聘されながらそれらの申し出を断ってドイツに残ったこと、そしてその事実とコンプトンとの会話の端々に現れていたハイゼンベルクの極端な愛国心だった。

 

そればかりではない。ハイゼンベルクはドイツにおいて最高の学問水準を誇る国立カイザー・ウィルヘルム研究所の所長に就任していた。ハイゼンベルクとの政治談義の中でコンプトンは「アメリカ人は平和を愛するが、いざとなったら正義のためにはとことん戦う。」とハイゼンベルクに語ったが、その時はハイゼンベルクの背後にあるナチス・ドイツを明確に意識していたわけではなかった。しかし、今は違った。また自分の直接的な研究対象ではなくても原子力開発に対する十分な理解と多大な関心とを備えたコンプトンは原子力開発に関しては「核分裂の連鎖反応にウラニウム235がどれだけ大量に必要とされようが、その分離にどれほどの費用や労力がかかろうが、やってみることによって新しい可能性が開けてくるかもしれないのだ。」とも考えていたxxxvii[11]。

(読書ルーム(81) に続く)

 

【参考】

アーサー・コンプトン (ウィキペディア)

 

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