【読書ルーム(72) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め〜時は移る 6/8 】  作品目次

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【本文】

一九四○年五月十六日、ナチス・ドイツの軍隊はベルギーとの国境に近いセダンでフランス領内に侵入し、そのまま破竹の勢いでフランス国内に侵攻すると見られた。知らせを受けたフレデリック・ジョリオはコレージュ・ド・フランス原子化学研究所の副主任に電話し、重水が侵略者の手に渡らないよう、安全な場所に移管するための方策を講じるべきだと言った。「生成物 Z」という暗号ラベルを貼られた壜に分けて入れられたその時、世界にある全量の百六十五リットルの精製された重水は直ちに中部フランスへ送られることになった。マリー・キューリーが第一次世界大戦が本格化する前にラジウムマルセイユの金庫へ送った過去の例にならったのである。

 

三週間後の六月十日、ジョリオは終に原子力エネルギー開発に関する全ての研究資料や研究結果の記録、実験データなどを焼き捨てるよう、部下の科学者たちに指示した。ナチス・ドイツの軍靴の響きがパリに迫りつつあり、一年ほど前にシラードとワイスコプフが書簡と電報で示唆し、その時にはジョリオが一笑に付した悪夢が正に眼の前で現実のものとなろうとしていた。学問の自由とは民主主義の下でしか確保されるものではなく、また確保されるべきものではなかった。

 

ドイツ軍のパリ侵攻を受けてフランス政府は即時降伏し、六月二十二日にドイツと、六月二十四日には

イタリアと和平条約を結んだ。七月一日にはフランスの行政府はフランス中部のヴィシーに移され、フランスの本来の首都であるパリのそこここ、シャンゼリゼ大通りや凱旋門などにはナチス・ドイツの鈎十字の旗がはためいた。フランス国内にあった多くの価値ある美術品が青年時代に画家を志したヒトラーの命令によって持ち去られたが、そのような状況の下、ジョリオの「生成物 Z」は中部フランスを経てフランス南部のボルドーに送られ、そこからはイギリス諜報部の手によってイギリス経由でカナダに運ばれてカナダの原子力研究所で使用されたとされている。ジョリオ=キューリー夫妻の研究所の所長にはかつて二人の教え子だったドイツ人科学者が就任し、フランスは、哲学者ジャン・ポール・サルトルの言葉を借りるならば、「ナチス・ドイツによって未来を奪われた」のである。知識人を中心とする心あるフランス人たちはイギリスに逃れたド・ゴール将軍と共に「レジスタンス」と呼ばれる四年間に渡る苦難の道を歩むことになった。

(読書ルーム(73) に続く)

 

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