【読書ルーム(61) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【 『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め 〜 預言者たちは走る 2/7】  作品目次

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【本文】

風雲をはらむ世相の中、大西洋をはさんでフランスのパリとアメリカのニューヨークにおいてフレデリック・ジョリオとエンリコ・フェルミという二人のラテン系物理学者が学問における自由の原則を守りぬこうとしたのであるが、ニューヨークのコロンビア大学では理学部長ペグラムが学問の自由に関するフェルミの信念とシラードの懸念とを調停する提案をフェルミに対して行った。それは、フェルミを首都ワシントンDCに送り、軍隊所属の科学者を前にして講義を行わせることだった。三月十六日、首都ワシントンに赴いたフェルミはペグラムが招待した科学者の前で核分裂の連鎖反応によるエネルギー放出の可能性に関して講演を行ったが、眼前の軍拡競争に関心を奪われていた軍隊所属の科学者たちには極小の世界で発生する莫大なエネルギーの理論などというものは絵空事に映ったのか、フェルミの講演は直ちには何らの反響も得ることはなかった。

 

フェルミが汽車でワシントンDCに立った日、シラードも汽車に乗ってニュージャージー州プリンストンを目指した。核分裂の件でコロンビア大学の理学部長ペグラムに面会に来ていた同志でプリンストン大学教授のウィグナーも帰路にシラードと同じ列車に乗り込み、二人はウラニウム核分裂のことだけではなく、ついさっきラジオで耳にしたナチス・ドイツによるチェコスロバキア占領について語った。イギリス、フランス、アメリカなど、ナチスの台頭を快く思わない大国の政治家たちは、資源の豊富なチェコスロバキアナチス・ドイツドイツ国内の余剰労働力を投入してドイツ国民の生活を潤すことができ、ナチス・ドイツチェコスロバキアの占領を許すことはナチス・ドイツのそれ以上の野望を阻むためにはやむをえない譲歩だと考えていた。しかしチェコスロバキアにはウラン鉱山があった。

 

シラードとウィグナーはアインシュタインが正教授の地位に就いているプリンストン大学で、ボーアに会って問題に関する意見を仰ぐことを期待していたが、この日にはワシントンDCからジョージ・ワシントン大学エドワード・テラーも二人の応援に訪れ、シラードは一月のワシントンDCでの学会の後、初めて三人の同志のうちの二人と顔を合わせ、ボーアの理解を得るために協力し合えることを期待した。アインシュタインは当時、宇宙理論の精緻化、特にマックスェル以来の電気理論と相対性理論を統合するいわゆる「場の理論の統合」に熱心だったが、英語も得意とはいえず、大学の授業も受け持たず、後輩の育成にもボーアほど熱心ではないアインシュタインから大きな力を借りることは当時のシラードらはあまり期待していなかった。シラードの当面の目標は、現存する最も有効な原子モデルの提唱者であるボーアを是非とも同志に引き込み、ボーアがデンマークに帰国するまでのわずかな間だけでも、ナチス・ドイツによる核分裂利用の危険な可能性を憂慮する預言者集団の代表の役割をボーアに担ってもらうことだった。

 

ウィグナーの研究室で、ボーア、ウィグナー、テラーの三人を前にしてシラードは中性子線のウラニウム235の原子核への照射によって平均二個の中性子が新たに飛び出すと説明した。「平均して二個の中性子が飛び出すということは、飛び出した二個の中性子が両方とも別のウラニウム235の原子核に当たれば四個の中性子が新たに飛び出すということです。こうやって原子核から中性子が解き放たれ、その度にエネルギーとアルファ線を放出し続けるラジウム原子核のように中性子とエネルギーを放出し続けるならばどういうことが生じるか、みなさんはおわかりになりますね。正電荷を持つ重い原子核は同じく正電荷を帯びるアルファ粒子を寄せつけませんが電荷のない中性子は不安定な原子核を破壊し、破壊された原子核から新たに飛び出した中性子はエネルギーを放出しながら雪崩のように原子核の崩壊と新たな中性子の放出を連鎖的に引き起こし、全体としては莫大なエネルギーが放出されるのです。」

こう説明しても、ボーアは「エネルギーと中性子を放出するのは不安定な同位体ウラニウム235だけだろう。」とシラードの話には真剣には耳を傾けてはいない様子だった。そこでシラードはつい今しがたラジオで報道されてウィグナーとの話題に上ったばかりのナチス・ドイツによるチェコスロバキア占領のこととチェコスロバキアにあるウラニウム鉱山のことに言及した。それでもボーアが積極的な関心を示さないのでシラードは言った。

「ボーア教授の教え子のハイゼンベルクとフォン・ワイゼッカーは優秀な物理学者ですね。」

ボーアは同意しないわけにいかなかった。シラードはさらに言った。

「オットー・ハーンは優秀な化学者ですね。」


しかし、ボーアはやはりウラニウム核分裂からエネルギーを引き出すためにはウラニウム235を分離しなければならず、ウラニウム全体の九十九パーセントを占めるウラニウム238から化学的性質が全く同じウラニウム235を分離するのには化学の知識は全く役立たず、したがってオットー・ハーンがウラニウム235を分離することはないだろうと述べた。しかし、シラードは半ばボーアをおだてるようにして、ハイゼンベルクとフォン・ワイゼッカーの優秀さを褒めたたえ、ハイゼンベルクとフォン・ワイゼッカーがウラニウム235を物理的に分離するかもしれないと言った。これを聞いてボーアではなく、テラーとウィグナーが震え上がったxxviii[2]。

(読書ルーム(62) に続く)

 

【参考】

ジェームズ・クラーク・マックスウェル (ウィキペディア)

 

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