【読書ルーム(60) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【 『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め 〜 預言者たちは走る 1/7】  作品目次

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【本文】

三月三日、シラードは核分裂を確認し、発見の機密性についてますます憂慮を深めた。シラードは同志のテラー、ワイスコプフ、ウィグナーらと手分けし、それぞれが自分なりの説得方法で核分裂に関する研究を進めていると思われるイギリスとフランスの何人かの科学者に対し、核分裂に関する新たな発見があってもそれを秘密にし、論文などで公表しないように要請することにした。イギリスで中性子照射の研究において最先端を行っていると思われた、四人の手紙の受取人となったポール・ディラック、パトリック・ブラケット、ハンス・フォン・ハルバンの三人、とりわけゲッチンゲンからイギリスのエジンバラに移住したマックス・ボーン(ドイツ語 = ボルン)教授の寵児でノーベル賞受賞者ポール・ディラックはウィグナーの妹と結婚していることもあり、事態を理解して快く提案を受け入れ、協力を約束した。一方、フランスのパリで研究を行っているフレデリック・ジョリオにはシラードが書簡で事情を説明して協力を要請したが、シラードからの書簡を受け取ったジョリオはは無名の科学者であるシラードの意見にはほとんど関心を払わなかった。ジョリオには、ナチス・ドイツに脅かされたユダヤ系物理学者が被害妄想にかられて学問以外の余計なことに気を取られているとしか思えなかったのであろう。何よりも、シラードの書簡は同様の懸念を抱く科学者が自分以外に存在し、イギリスのポール・ディラックらも提案を受け入れたということには全く触れておらず、シラードからの手紙はシラードの個人的な懸念を表明しているのにすぎないとジョリオは思った。

 

世界で初めて人工的に放射線を発生することに成功した物理学者フレデリック・ジョリオと妻のイレーヌ・キューリーはオットー・ハーンがドイツの科学誌に発表した核分裂の確認結果に接し、核分裂が意味することやそれがもたらすものを明らかにするため、共に今まで以上に熱心に研究に従事していた。五年前にアルファ線を照射して人工的な放射線の惹起に成功したジョリオ=キューリー夫妻の実験をフェルミアルファ線の代わりに中性子線で行うことによってノーベル賞の対象となった研究成果を上げたが、今回ジョリオ=キューリー夫妻は中性子照射の強度を池の水で制御しようとしたフェルミのアイデアを採用し、一般に得られる水を分子を構成する水素原子の核に中性子が含まれているいわゆる重水に置き換えて実験を行った。通常の水を構成する水素が中性子を吸収して重水素に変わり、照射される中性子の量を減じるのを阻止するためには最初から中性子を含む水素だけからなる水、すなわち重水を中性子照射の強度の制御に用いることが良い実験結果を生むに違いないというのがジョリオ=キューリー夫妻の着想だった。当時、ノルウェーにある企業が重水を生産する設備を備えていた。フレデリック・ジョリオはフランス政府の教育相にこの会社から実験に必要な大量の重水を購入するよう依頼し、ジョリオのもとにはノルウェーにある設備でそれまでに生産された全量の百六十五リットルの重水が届けられた。

 

ジョリオは一月六日に発表されたオットー・ハーンの研究成果に関する暫定的な所見と自らの理論的解

釈を三月十八日発発行のイギリスの科学誌「ネーチャー」に発表したが、次いでさらに大胆な推論と検証を行い、原子核一個の分裂によって生じるエネルギー量は二百万ボルト、放出される中性子の飛距離は三ミリ等、実験によって得られた詳細な数値を四月発行の科学誌に掲載する準備を行った。フェルミと同じく、ジョリオにとっても学問や知識とは万人によって共有されるべきものだった。それはフレデリック・ジョリオの個人的な考えであるとともに、妻イレーヌの実家、キューリー家に培われていた伝統だった。フレデリック・ジョリオは姑のマリー・キューリーがラジウム発見と精製方法などに関わる一切の特許権を放棄したのに倣って、アルファ線照射による人工放射線発生に関する一切の権利を放棄し、全ての発見を公開していた。(予想価格:700円 要キンドル)

(読書ルーム(61)に続く)

 

【参考】

エドワード・テラー (ウィキペディア)

ビクター・ワイスコプフ (ウィキペディア)

ユージン・ウィグナー (ウィキペディア)

フレデリック・ジョリオ (ウィキペディア)

 

【お知らせ】

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