【読書ルーム(59) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【 『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め 〜 ボーアの怒り】  作品目次

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【本文】

シラードはラバイに「この発見はわれわれ物理学者の内だけの話題として門外漢には決して洩らすべきではないと思います。」と語り、今や意気揚揚として新しい課題の追求に意欲を燃やしているフェルミに自分の考えを伝えてほしいと頼んだ。しかし、シラードの懸念についてラバイがフェルミに語った時、アメリカの自由な空気を満喫していたフェルミはラバイが語ったシラードの懸念を軽く受け流し、英語の俗語を使ってシラードの考えを「偏執狂(ナ ッ ツ)の取り越し苦労だ。」と言ってせせら笑った。そればかりではなかった。フェルミは要請されてラジオ番組に出演し、その際に新しいエネルギー源となるかもしれない核分裂の原理についてマイクロフォンを前にして素人でも理解できるような平易な言葉を連ねて得々と説明までしたのである。

 

ニューヨーク市から鉄道で三時間程離れたプリンストンフェルミがラジオ番組に出演したことを伝え聞いたニールス・ボーアは激怒し、同行のローゼンフェルトを伴い、プリンストンからわざわざ汽車に乗ってニューヨークのコロンビア大学を訪ねると理学部棟の中でフェルミの姿を捜し求めた。そして廊下を平然として歩いているフェルミの姿を見とがめるやいなや、普段は温厚なボーアはこの後輩ノーベル賞受賞者に飛びかかり、引っ掴まんばかりにして空き部屋に押し込むとフェルミが取った行為を激しく非難した。再び部屋から姿を現した時、二人のノーベル賞受賞者は憔悴しきった表情を浮かべていた。あくまでも慎重なボーアとは異なり、フェルミにとって学問の成果は象牙の塔に引きこもる学者だけが専らとすべきものではなく、万人によって共有されるべきものだった。フェルミが祖国イタリアを捨ててアメリカに移住したのは畢竟、学問の自由を求めたからに他ならず、議論が平行線をたどったことを二人の表情は示していたxxvii[1]。

 

ボーアのフェルミに対する怒りと割り切れない思いはしかし、二月に入ってからいくぶん緩和された。コペンハーゲンで実験を繰り返していたフリッシュからの続報によって、中性子線照射で核分裂が引き起こされるのは天然ウラニウムの中で1パーセント弱しか占めないウラニウム235だけだということを知ったからである。中性子線照射によって引き起こされる核分裂から兵器にできるほどのエネルギーを引き出すために必要となるかもしれない莫大な量のウラニウム235をどのようにしてそのほとんどが同位体ウラニウム238からなる天然ウラニウムから効率的に分離することができるのか、そのためにはどれだけ大量の瀝青ウラン鉱(ピッチブレンド)を処理しなければならないのか、化学的な性質が全く同じで質量も零コンマ数パーセントしか違わないウラニウム238とウラニウム235をどのようにして分離するのか等々を考慮した場合、ウラニウム235の核分裂大量破壊兵器の作製に利用することなどは絵空事とまでもいかないまでも、相当の期間と莫大な労力を要することは明らかで兵器の開発などにすぐに結びつくことはないとボーアは考えたのである。

(読書ルーム(60) 預言者達は走る に続く)

 

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