【読書ルーム(57) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め 〜 発見は海を渡る 1/2】 本章で活躍するプロメテウス達  作品の目次

この記事の内容全ての著作権はかわまりに帰属します。

 

【本文】

一九三九年一月十六日、ニールス・ボーアと息子のエリック、そして同行のベルギー人物理学者のローゼンフェルトを乗せたスエーデン船籍の客船ドロッツニングホルム号はニューヨークの港に予定どおりに到着した。ほんの一ヶ月前にコペンハーゲンで出会ったばかりのフェルミとその妻がボーアをニューヨークの港で出迎えた。フェルミ夫妻の目にボーアは一ヶ月前よりも年を取ったように写ったが、フェルミ夫妻はそれは冬の荒い天候の中の航海せいでボーアが船酔いや食欲不振に陥ったからだろうと思った。ただでさえも口下手なボーアは船旅から解放されたこととフリッシュから知らされたオットー・ハ-ンの画期的発見を知らされて最も喜ぶはずのフェルミを目の前にして茫然自失の体だったようである。同行のローゼンフェルトも科学史に刻まれるかもしれないこの発見をフェルミに告げるのはボーアをおいて他にはないと考えてフェルミ夫妻に案内されるままに黙ってホテルに向かったのであろう。そしてニューヨークのホテルに到着したボーアを、ハーンらの実験結果を確認したことを知らせるフリッシュからの電報が待ち受けていた。

 

翌日、コロンビア大学を訪ねたボーアは案内された理学部棟でフェルミの姿を探し求めたが、研究室の開設や実験設備の調達に加えて妻子と落ち着くことのできる住まい探しにまで奔走しなければならないフェルミを捕まえることはできなかった。しかし、ボーアは亡命ユダヤ人科学者たちとアメリカ社会の架け橋役を勤めていたコロンビア大学教授で物理学者のイシドール・ラバイと面会する機会を何とか得ることができ、ボーアが慎重に言葉を選びながら語ったオットー・ハーンの実験結果とマイトナーによるその理論的解釈がラバイを経てフェルミを始めとするニューヨークで活動している科学者にこの発見の知らせが広まるのは時間の問題だった。ボーアの一行は予定どおりにコロンビア大学での用件を済ませると、これから五ヶ月間の間滞在することになるニュージャージー州プリンストンに向かった。

 

それからから十日後の一月二十六日、ボーアはアメリカの首都ワシントンDCに赴き、ジョージ・ワシントン大学での会合で核分裂についての講演を行った。その席上でボーアはヨーロッパで古くから顔なじみだった多くの教え子や後輩たちと再会した。ジョージ・ワシントン大学ではボーアの教え子でソビエト人数学者ガモフの招聘でアメリカに来たハンガリー出身のユダヤ人物理学者エドワード・テラーが教授として教鞭を取っていた。テラーの他にも学問の自由を求めてアメリカにやってきたヨーロッパ出身の科学者たちが多数会合に出席していたが、そのほとんどが大学の教員であるこれらアメリカ人と外国出身の科学者たちに混じってハンガリー出身のユダヤ人物理学者でいまだ教職には恵まれずにニューヨークのコロンビア大学の臨時研究員の地位に甘んじているレオ・シラードがいた。前年にイギリスからアメリカに渡ったのにもかかわらず、シラードはいまだ家具や大きな持ち物を一切所有せず、所有する気もなく、コロンビア大学が落ち着く場所となるかどうかもわからないまま、ベルリンを立った時にからイギリスへの滞在を経てアメリカに到着してからも相変わらずスーツケース一つに納まる所持品と定期収入の元になる特許権だけを財産として普段は当然のようにホテル住まいをしていた。一月の後半、プリンストン大学の教授だった同郷のユージン・ウィグナーがたまたま黄疸になってしばらく入院しなければならなかったので、シラードはプリンストン大学の近くにあるウィグナーのアパートを借り受け、妻を病気でなくして当時は独身だったウィグナーの身辺の世話をするとともに名代としてワシントンDCに赴いてのボーアの講演に出席していたのである。

(読書ルーム(58) に続く)


【参考】

イシドール・ラバイ(英語) または ラビー (フランス語) (ウィキペディア)

ジョージ・ガモフ (ウィキペディア)

ユージン・ウィグナー (ウィキペディア)

 

【お知らせ】

下の画像は作りかけの本作品電子版の表紙です。出版社はお任せ出版社のアマゾン(Amazon International Services)です。ということは今のところアマゾン専用の電子ブックリーダーのキンドルのみで講読が可能だということです。こちらはそれほど高額ではありませんが有料となります。キンドル版には次のような優れた点があります。

・ 縦書き表示であること

・ 文字の大きさを変えられ、また字体を変えたり太字にしたりできること

さらにキンドルは数百冊以上の書籍を入れることができ、重量は文庫本並みです。アマゾンはお任せ出版社なので内容や誤字脱字などには自分で責任を持たないといけませんが精一杯努力する所存です。(予想価格:700円 要キンドル)

 

f:id:kawamari7:20211231224825j:image