【読書ルーム(56) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜雪の日の知らせ 3/3  】  作品目次

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【本文】

コペンハーゲンに戻ったフリッシュはこの重大な発見に関してボーアに報告する以前には誰にも口外したくなかったのであるが、あいにく五ヶ月の予定でアメリカのプリンストン大学客員教授を務めることになっていたボーアは出発の準備などで多忙ですぐに面会することはかなわなかった。フリッシュは研究所を訪問中だったアメリカ人生物学者のアーノルドに声をかけ、ベルリンのオットー・ハーンの実験結果と叔母によるその理論的説明についての概略を話した。


細胞分裂と同じような現象が原子レベルの微小な世界で確認されたんです。」


アーノルドはその現象を「核分裂(fission)」と命名することを提案した。


フリッシュが研究所の大御所であるニールス・ボーアの自宅での「お目通り」が叶ったのはボーアがアメリカに向けて出発する前日の翌年一九三九年一月六日だった。カイザー・ウィルヘルム研究所の放射能研究部の重鎮だったリーゼ・マイトナーの甥からベルリンでのハーンの発見とスエーデンにいるマイトナーによる理論的説明について聞かされるとボーアは手のひらで額を打ってつぶやいた。
「そうだったんだ。どうして今までこのことに気がつかなかったのだろう。xxvi[10]」
アインシュタインが広大な宇宙に想いを馳せて導いた相対性理論と、極小の世界に沈潜したボーアが構築した原子モデルは「E=mc2」という数式によって繋がっていたのである。

 

オットー・ハーンによる核分裂の発見はマイトナーとフリッシュによる解釈を経て、ボーアによって海を渡ってアメリカに達しようとしていた。これとは別に同年一月七日、発見した現象にドイツ語 = で「爆発」という名称を与えたオットー・ハーンはマイトナーの理論分析を織り込んだ論文を発表した。ユダヤ人であるマイトナーの功績に論文の中で触れることはできなかった。オットー・ハーンはこの発見によってドイツが世界大戦に敗れる前年の一九四四年に単独でノーベル化学賞を受賞することになるが、関連する既存の学術論文などによってスエーデン王立科学アカデミーがマイトナーの業績を確認することは終になかった。ナチスが政権を取ってからというもの、ユダヤ人の手による全ての学問・芸術の成果の出版や発表は禁じられ、マイトナーの研究成果や理論は全てオットー・ハーンの名前だけを冠して発表されていたのである。しかし、ナチス・ドイツに栄誉を奪われたユダヤ人女性科学者の名はスエーデンでの雪の日の逸話と共に語り続けられ、原子番号百九番の人造元素マイトネリウムの名称に永久に留められている。

(読書ルーム(7) プロメテウスの目覚め「発見は海を渡る」に続く)

 

【参考】

リーゼ・マイトナー (ウィキペディア)

オットー・フリッシュ (ウィキペディア)

 

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