【読書ルーム(55) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜雪の日の知らせ 2/3  】  作品目次

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【本文】

ハーンの実験結果にはやはりまちがいはありません。」とフリッシュを見上げながらマイトナーは言った。その後、叔母の口から漏れる一言一言はフリッシュがこれまで受けてきた物理学や化学の常識を覆すもので、フリッシュは雪が降りしきる夜の闇の中で後光を放つかのような叔母を見つめ、寒さが身体に染み渡るのも忘れて耳を傾けた。マイトナーは中性子線を受けたウラニウム原子核が何らかの急激な変化を起こしてバリウムに変わったこと、今回ハーンとシュトラスマンが成し遂げたことはイギリスのラザフォードが成功したヘリウム原子核の窒素への照射による単純な元素変換中性子線の照射による高原子量ながら短命な放射性同位体生成とは規模や性質が全くことなること、そしてそれは不分割だと考えられていた原子をそれこそ真二つに分かち、原子量を半分前後の二種類の原子を生じさせるような元素の転換であること等々・・・このようなことを聞いてもフリッシュには叔母の言葉が意味していることや叔母がこれほど興奮している理由がわからなかった。


バリウムの質量数は百三十七前後で質量数が二百三十五前後のウラニウムの正確には半分ではありません。バリウムと同時にもう一つ別の物質が生じていなければおかしいでしょう。ウラニウム原子番号九十二からバリウム原子番号五十六を引き算すると三十六で、原子番号三十六番は化学反応を全く起こさないので実験室内は捕らえることが非常に困難な不活性ガスのクリプトンです。クリプトンの原子量は八十四前後・・・クリプトンの原子量とバリウムの原子量を足したら、両方で一番重い同位体の原子量を採用しても知られているうちで一番軽いウラニウム同位体の原子量にさえ全く足りません。原子核の微小な世界で何が起きたのでしょう?数の不足はどうして生じたのでしょう?生成物質の質量数を決定する中性子は一体どこに行ってしまったのでしょう?ハーンとシュトラスマンならば中性子線照射後の生成物質の正体を間違いなく特定してくれるはずです。中性子線照射照射前のウラニウムの質量から中性子線照射後のウラニウムと生成物、多分クリプトンの質量の和を引いたその差が何に相当するかわかりますか?」
フリッシュは驚いて叔母を見つめた。マイトナーは言った。
「E=mc2」


この一言は大幅な元素の転換が実現したと言うマイトナーの先の言葉とは比べ物にならないほどの大きな衝撃をフリッシュに与えた。すなわち、陽子と中性子から構成される原子核の微小な世界での何らかの変化によって物質が質量を失えば、その失われた質量がごくわずかなものであっても莫大な数値である光速の自乗を乗じた値て物質が質量を失えば、莫大な数値である光速の自乗を失われた質量に乗じた値に等しいやはり膨大なエネルギーが放出されるということを意味していたのである。それからフリッシュがコペンハーゲンに戻るまでの間、六十歳に達したマイトナーと三十四歳のフリッシュの二人はクリスマス休暇を返上して人類の未来を左右するかもしれないこの発見の解釈に努めた。フリッシュはウラニウム原子核が二つに分裂した際に共に正電荷を備えた分裂後の二種類の原子核は強烈な力で反発しあって反対方向に飛ばされるだろうという仮説を立て、その仮説に基づいて原子核が分裂した際に生じるエネルギーの大きさを算出した。一方、マイトナーはアストンが測定した各元素の正確な原子量とアインシュタインの有名な数式「E=mc2」とを援用してフリッシュとは別の方法で核分裂の際に発生するエネルギーを計算した。二人は同じ結論に達した。ウラニウム核分裂によって生じるエネルギーは同じ数の水素原子が酸素と結合して水を生成する時に発生するエネルギーの数百万倍に相当したxxv[9]。伯母と甥の二人の物理学者はこの結果を纏め上げて連名で論文を発表することにした。そして休みが明けてフリッシュが終にマイトナーのもとを去る日が来た時、マイトナーはこの理論が現存する最も合理的な原子核モデルの発案者であるコペンハーゲンニールス・ボーアから評価を受けるであろうという期待に胸を膨らませた。

(読書ルーム(56) に続く)

 

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