【読書ルーム(54) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜雪の日の知らせ 1/3  】  作品目次

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【本文】

リーゼ・マイトナーが去った後のカイザー・ウィルヘルム研究所で熟練した化学者のオットー・ハーンと博士課程を終えたばかりの助手シュトラスマンはウラニウムへの中性子線照射の実験を繰り返した。ジョリオ=キューリー夫妻とサヴィッチらのパリの研究者たちの実験結果によると同様の実験の結果、ランタニウム系と呼ばれる一群の元素に性質が酷似した放射線物質が生じるとのことだった。ハーンとシュトラスマンが精緻を極めた実験を繰り返した結果、生成されるランタニウム系元素は直接生成されるのではなく、別の物質が崩壊して生成されたものであるということが明らかになった。そして、その物質とは、原子番号五十六番のバリウムの不安定な放射性同位体でしかありえなかった。マリー・キューリーが考案し、ノーベル化学賞を受賞の対象なった放射性物質解析の方法はその過程ではバリウム塩を用いなければならないため、ハーンとシュトラスマンのウラニウムへの中性子線照射結果の検証は困難を極めたが、中性子線照射がウラニウムの一部を実験過程で用いられるバリウム塩とは別のバリウムに変化させるとしたら、その事実は何を意味するのであろうか。ジョリオ=キューリー夫妻らは、放射線の照射によって対象物質と原子番号がさほど変わらない不安定な放射性同位元素を作り出すことを実証したのであるが、二人の実験によって原子番号や原子量が元の元素よりも大幅に小さい別の物質の生成されたのではないか、そして・・・。


その答えを二人は見出すことができなかった。二人にはマイトナーの助力が必要だった。もはや、実験の方向に関する指示を仰ぐためではなく、二人が行った実験の結果、すなわち中性子線照射を受けた原子番号九十二番のウラニウムの中に五十六番のバリウムが間違いなく存在しているという事実を理論的に説明するために二人はマイトナーの頭脳を必要としていた。オットー・ハーンはスエーデンにいるマイトナーに手紙を送った。


マイトナーはクリスマス休暇で滞在していたクンゲルフという小さな町の山小屋でハーンからの手紙を受け取った。折しも、マイトナーの甥でニールス・ボーアの研究所で物理学の研究に従事していたオットー・フリッシュが休暇で同じ山小屋に滞在していた。ある日、日暮れ近くになってフリッシュがスキー遊びから戻ると、小屋の中では叔母のマイトナーが実験結果が記載されたハーンからの手紙を前にして瞑想に耽っていた。


ウラニウム中性子線を照射するとバリウムが生じる。」と呟く叔母にフリッシュは「最初から混入していたのではありませんか?」と尋ねた。フリッシュはすでに高校生の時に叔母によってハーンに紹介され、その時には後に専攻することになる物理学ではなく、母親譲りの卓越した音楽の才能、すなわちピアノの演奏によってハーンを魅了していた。


「ハーンとシュトラスマンの実験過程に間違いがあるはずがない。」とマイトナーは呟き、物理学者に成長した甥にハーンが手紙に記述している現象を数式によって説明しようと試みた。窓の外では雪がしんしんと降り積もっていた。マイトナーはふいに説明しかけた手の動きを止いてペンを置くと一緒に外に出ようとフリッシュに言った。フリッシュは再び足にスキーをつけ、マイトナーは防寒衣類と防寒靴だけを身につけて外に出た。マイトナーの頭の中では長年にわたる共同研究者ハーンが成し遂げた、驚くべき実験成果の理論的解釈が渦を巻いていた。フリッシュはマイトナーと並んで雪の降り積もった道を歩みながら叔母が口を開くのを辛抱強く待った。ついに、路傍に横たわる丸太に積もった雪を手で払いのけ、マイトナーは腰を掛けると今度は堰を切ったように話し始めた。

(読書ルーム(55) に続く)

 

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