【読書ルーム(48) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜一時代の終わり 3/4 】  作品目次

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【本文】

ジョリオ=キューリー夫妻がパリで、フェルミがローマで実験を行っていた頃、共産主義の脅威から逃れようとハンガリーからドイツに移り、さらにナチスの脅威に曝されてオーストリアに移ったレオ・シラードはイギリスにいた。アルプスを望む歴史と文化のある国オーストリアもシラードにとっての安住の地とはならなかった。オーストリアはドイツとは歴史や文化が異なるものの方言ほどしか異ならない同じ言語を話す民族が形成する国家であり、十九世紀にドイツが国家を統一しようとしていた頃からオーストリアとドイツは同一国家であるべきだという意見を唱える者がドイツとオーストリアの両国に多数存在した。とりわけ、世界大戦でドイツと共に敗北し、何百年にも渡ってオーストリアに君臨
したハプスブルグ家が君主の座を下りて後はオーストリア国内でもドイツとの合併を論唱える者が増えたのである。


次に安住を求める地としてシラードは躊躇なくイギリスを選んだ。世界大恐慌の余波で世界中どこにいっても大学教員の職を得ることはむずかしかったが、イギリスの科学界の中心に君臨しているのはニュージーランド出身で騎士(サー)の称号を許されたラザフォードだった。熱力学関連の発明でイギリスでも特許を取得していたシラードは大学教員の職に就くことができなくても何とか食べていくことはできた。ベルリン大学でマックス・フォン・ラウエに師事し、アインシュタインの知己を得て後、シラードは博士号を取得した熱力学の実験分野と並んで原子物理学や理論物理学にも多大な関心を寄せ、主要な論文に目を通すようになっていた。ある日、シラードは車の往来の激しいロンドンの交差点で信号が変わるのを待っていた。そして信号が青に変わった時、ある考えがシラードの頭をよぎった。
「もしも、何らかの物質の原子核中性子によって真っ二つに分けられ、別の物質が生じ、その際にジョリオ=キューリー、フェルミ、チャドウィックらが確かめたように中性子を二つ以上放出するならば、新たに放出された中性子が別の原子核に当たってそれを真っ二つにし、その際にまた二つ以上の中性子が放出されるなら、この反応は際限もなく続くだろう。中性子が当たって原子核に変化が生じるような物質があればの話だが・・・。」
さらにシラードは、原子核中の陽子や中性子がばらばらに拡散しないように留めているエネルギーについて考えた。
「このエネルギーが撹乱されて中性子を放出するということは、中性子の放出には大きなエネルギーが伴うだろう。」
チャドウィックが中性子を発見した際、ベルリンにいたアインシュタイン中性子照射による物質の転換やエネルギーの放出を考えなかったわけではない。しかしアインシュタインは、やはりベルリンにいたシラードやその他の物理学者たちに「原子核中性子を当てて物質を転換しようなんて、鳥のあまりいない地域で月のない夜に空に向かって闇雲に石を投げて鳥を打ち落とそうとするようなものだ。」と一笑に付していた。しかし、ジョリオ=キューリー夫妻とフェルミは果敢にも実験を繰り返し、正に闇夜の空に石を投げて鳥を打ち落とそうとしていたのである。そして目に見えない微小な原子核に対して二人が行った実験の結果はすでに放射線の人工的な惹起として現れていた。


一九三七年の十月、ニュージーランドで農夫の息子として生まれ、イギリスに移住した後も故国の豊かな自然を決して忘れることがなかったラザフォードが、庭の手入れをしている際の事故が原因で亡くなった。シラードはイギリスと自分とを結びつけるものがなくなったと感じた。その年のクリスマスに知人らに自分の意図を告げ、シラードは年上の朋友アインシュタインが米国ニュージャージー州プリンストン大学に、ナチスを非難してゲッチンゲン大学を追われたジェームズ・フランクがジョンズ・ホプキンス大学で、教授となってすでに定住しているアメリカを目指した。世界大恐慌の余波が続く中、イギリスに移住した時もアメリカへの移住を決意した時も、シラードには新しい土地で職が得られるあてはなかった。しかし、特許から入る収入を頼りに、自由を求め、シラードは未知の未来へと前進することにした。

(読書ルーム(49) に続く)

 

【参考】

レオ・シラード (ウィキペディア)

ジェームズ・フランク (ウィキペディア)

 

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