【読書ルーム(47) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜一時代の終わり 2/4 】  作品目次

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【本文】

ジョリオ=キューリー夫妻による人工的な放射線惹起がスエーデン王立科学アカデミーによって認められたのと前後し、フェルミの助手の一人がある事実を発見した。それは、フェルミのチームが中性子照射の集中的な対象として選んだ銀に中性子を照射する際、実験者を放射線から守る目的で対象物を入れる鉛の函の中に置かれた場所によって実験結果が異なるということだった。銀塊は鉛の函の中央に置かれた時よりも隅に置かれた時のほうが放出する放射線が強く、継続時間も長かった。


この事実が発見された一九三四年十月の半ば、フェルミは家族と共に休暇を取っていたが、フェルミがローマの研究室に戻った時、助手の間で計測法を巡って論争が起きていた。事実を発見した助手の計測法に不備があったに違いないと他の助手たちは計測方法に疑いを持っていたが、フェルミは「中性子を直接照射するのではなく、間に他の物体を置いたほうが反応がより顕著に生じるということもあるのかもしれない。」と言った。


フェルミ中性子を照射する際に直接ではなく、対象となる物質との間に書籍などを置いてみた。するとガイガー計数管は狂ったように反応し、対象物質から放出される放射線中性子を直接照射した場合とは比べ物にならないほど強いことを示した。
「これこそ黒魔術だ!」とフェルミは叫んだ。「中性子が対象となる物質に当たる時の速度が関係しているのに違いない。」


次にフェルミ中性子源と対象となる物質を様々な物質で遮り、その結果を確かめた。対象物質からの
放射線放出を促進するのにパラフィンが非常に良い結果をもたらした。


その日、午前中の実験によって遮断物質による中性子照射速度が対象物質に及ぼす影響を確認したフェルミは一人で昼食を取りながら理論物理学上の想いに耽った。アルファ線であれ、中性子線であれ、常識では照射速度が速いほど結果が顕著に表れると考えられる。しかし、フェルミらが得た結果は全く反対だった。この事実は一体何を意味するのか、フェルミゲッチンゲン大学で接した理論物理学を思い返し、物質を構成する全ての粒子は波の性格を備えていることを理論的に説明したルイ・ド・ブロイの論文、そしてド・ブロイの理論を発展させたシュレジンガーディラックの論文を思い返した。「中性子であれ陽子であれ全ての粒子は波の性格を持つから波長が一致した時に効果が増幅される。速度を変更することによって波長が変わり、より効果的な作用が生まれるのではなかろうか?」とフェルミは推論した。その推論が正しいのならば、フェルミが目の当たりにしたばかりの現象はすでに理論によって説明されているのである。フェルミはこの推論の妥当性を実験によってさらに確認しようと思った。フェルミにとって理論と実験は不可分の表裏をなしていた。


昼食から戻ったフェルミは助手たちに向かって質問を放った。「中性子の速度を低下させたのはパラフィンを構成する炭素原子か、それとも水素原子か?」
助手たちは頭をひねらなければならなかった。議論の末、全員の意見が中性子の速度を低下させたのは質量数がより低い水素原子だということで一致した。フェルミは即、実験場所を研究棟の二階から中庭の池の周囲に移すように言った。池の大量の水を構成している水素原子が中性子の速度を調整すると考えられた。


その晩、研究所から一番近い助手の家に全員が集まって議論が続いた。チームのリーダーで最年長のフェルミもやっと三十三歳になったばかりであり、全員が意気盛んな若い科学者だった。フェルミの提唱でその日に経験した驚くべき事実を簡単にまとめてイタリアの科学誌に報告することになった。フェルミが文章を考え、セグレが筆記した。その他の若い科学者たちは興奮のあまりじっと座っていることができず、二人の周りをうろうろと歩き回り、うなずいたり怒鳴ったりした。ジョリオ=キューリー夫妻がアルファ線を照射することによって苦労して惹起した人工放射線中性子線によって引き起こすことだけでも画期的な発見と言えたのに、今やフェルミのチームは、中性子源を炭素や水素の化合物で覆うという簡単な操作によって惹起される人工放射線の強さを調整できるということを発見したのである。


科学誌への報告書が完成した後もフェルミらはこの新たな発見の可能性について夜中過ぎまで大声で議
論し、ある者は中世以来の錬金術の完遂を予言し、またある者はそれまでは天然ウラニウムや天然ラジウムを精製することによってやっと得ることができた放射線が幅広い分野で利用に供されることを予測した。酔っ払いが集まって興奮して叫んでいると勘違いした近所の住民の迷惑さえ、この日ばかりは誰も顧みることはなかった。

(読書ルーム(48) に続く)

 

【参考】

エルヴィン・シュレーディンガー (ウィキペディア)

エミリオ・セグレ (ウィキペディア)

 

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