【読書ルーム(29) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【 『プロメテウス』第1章  プロメテウスの揺籃の地 23/27. 〜 ハイゼンベルクの青年時代〜 日本にて】  作品の目次

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【本文】

船による長旅の後、日本に到着した一行はボーアの教え子の仁科芳雄と東京で再会し、その後、関西に赴き、京都で原子核の要素がなぜ離散しないのかを中間子という新たな量子を導入することによって説明しようとする、数年前のハイゼンベルクを彷彿とさせる息盛んな日本人の青年、小川(湯川)秀樹に会った。

 

​一行が秋の日本の古都の風情を楽しんでいたある日、ハイゼンベルクディラックは連れ立って京都のある仏閣を尋ねた。高等数学も力学計算も知らない古代の匠が設計し、幾百年もの間台風や地震などに耐え続けてきた木造建築の仏塔を見上げ、ハイゼンベルクは是非最上階を極めてみたいと言った。しかし、土足が禁止されている入り口で急勾配の階段を見上げて怖気づいたのか、何事においても控えめなディラックハイゼンベルクが最上階から下りてくるまで庭を散策しながら待つと言った。

 

ハイゼンベルクディラックを階下に残し、靴を脱いで一人で磨きのかかった急勾配の階段を上った。もうじき二十八歳になろうとしているハイゼンベルクにとって、六年前に博士号取得試験で辛酸を舐め、マックス・ボルンとニールス・ボーアという二人の師の庇護と激励を受けながら量子力学を高みに導き、不確定性理論を発表し、ライプチッヒ大学の正教授の地位につくまでの経緯は正に一歩足を踏み外せば階下に転落するかもしれない急勾配の階段を上りつめて高みに達したようなものだった。そしてその過程においてハイゼンベルクは、世界大戦中にドイツを嫌っていた中立国デンマークの巨星ボーアだけではなく、旧敵国のイギリスが生んだ新星ディラックとも友情を育むことができたのである。

 

手入れが行き届いた仏閣の庭園を散策しながら、ディラックはふと仏塔のほうを振り返った。その時ディラックは信じられない光景を見たと思った。ハイゼンベルクが仏塔の最上階から身を乗り出し、正に欄干の上に体を乗せて足を床から離してバランスを取っているように見えたのである。晴れてはいたが風の強い日だった。ディラックハイゼンベルクがバランスを崩して仏塔から転落するとは思わなかったであろうが、「ハイゼンベルクが構築した不確定性理論は風の強い日の仏塔のように不安定なのだろうか・・・。」と一瞬感じたのかもしれない。しかし、仏塔が強風や地震に揺らぐことがあっても決して倒れることなく幾百年もの間存続し続けてきたように、ハイゼンベルクの不確定性理論も数々の批判に耐えて存続し続けるに違いないとディラックは信じた。

(読書ルーム(30) に続く)

 

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