【『プロメテウス』第1章 プロメテウスの揺籃の地 13/27. 〜 ハイゼンベルクの青年時代〜 西ヨーロッパの学府】 作品の目次
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【本文】
ベルリンから今度はドイツの北辺に位置し、半島と小さな島によって成り立ちスエーデンを北の水平線のかなたに臨む小国デンマークの首都コペンハーゲンを拠点としていたのが極小の世界に全精神を集中し、プランクの量子力学の成果などを取り入れて整合性のある原子核模型を提唱し、息盛んなドイツ人学生のハイゼンベルクと年齢を越えた友情を結んだニールス・ボーアである。著名な生物学者の父とユダヤ人銀行家の娘である母、そして優秀な数学者の兄に恵まれたニースル・ボーアの夢はヨーロッパ大陸北辺の小国デンマークの首都コペンハーゲンに国籍、人種、宗教を問わずに科学を愛する者を受け入れる科学者のコミュニティーを建設することだった。ハイゼンベルクはゲッチンゲン大学で博士号を取得した後、ゲッチンゲンのボルン教授のもとで一年ほど助手を勤めた後の一九二四年、迷うことなくデンマークのコペンハーゲンに赴いてニールス・ボーアの研究所の一員としてボーアから教えを受けた。この頃には世界各地からボーアを慕ってコペンハーゲンで学んでいた若い物理学者はハイゼンベルクだけではなかった。後に東京大学教授として広島で原爆投下を確認することになる仁科芳雄はこの地でボーアの弟子の一人であるクラインとともにこの地でクライン=仁科の理論を打ち立てた。
ドイツ人レントゲンによるX線の発見と対をなし、物理学発展の画期となった放射線が発見されたフランスでも新しい世代の科学者が育っていた。実験分野ではマリー・キューリーの長女イレーヌが母の助手で後に夫となる三歳年下の科学者のフレデリック・ジョリオと将来の研究テーマを語り合い、理論物理学においては一九二十年代後半にアインシュタインの寵児となるプランス・ルイ・ド・ブロイが、ド・ブロイ家の家系の伝統だった政治家と外交官への道を断念し、原子の世界に思索をめぐらしていた。
経験論の発祥の地でイタリアと並ぶ実証主義の中心地であるイギリスでは、放射線(アルファ線)の性質を丹念に調べ上げて一九○九年にノーベル化学賞を受賞したニュージーランド生まれの物理学者アーンスト・ラザフォードが中心となり、物質の核心を追及する熱心な努力が続けられていた。ラザフォードは一九一九年に窒素原子にアルファ線を照射することによって水素原子を発生させ、千年来の錬金術師の夢を、錬金術とは違った形ではあったが実現させていた。ラザフォードの門下で際立っていたのはジェームズ・チャドウィックである。チャドウィックはマンチェスター大学でラザフォードについて学んだ後、一九一三年にベルリン大学に留学した。しかし不幸なことに翌年、世界大戦が勃発し、チャドウィックは敵性外国人としてドイツに抑留されてしまった。チャドウィックはその後四年間に渡って、不自由な抑留生活の中で納屋を実験室に改造し、手に入るものの全て、例えばフッ素入りの歯磨き粉など、を実験材料やテーマとして研究をせざるをえなかった。チャドウィックがドイツとドイツ人を憎むようになったのは人間として当然だったが、このチャドウィックが後にイギリス原子力開発プロジェクトの最高責任者となるのである。
(読書ルーム(20) に続く)
【参考】
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